Menu Close
ちくわ部

「創造」と「常識」について、アーティスト・藤浩志さんと考えてみた(ちくわ部#01レポート)

2025.11.18

2025年9月27日、「ちくわ部」プロジェクトによるイベント「ちばげい対話の時間 #01」を開催しました。

ゲストは、千葉国際芸術祭2025参加アーティストの藤浩志さん。〈「創造」って何だろう?「常識」を超えるアートはなぜ必要?〉というテーマで実施された当日の様子を、アートライター・白坂由里さんにレポートしていただきます。


ちくわ部=ちばしで/くわだて/わになって話す部

芸術祭とは、アート作品をただ受け止めるだけじゃなくて、芸術を前に考えたり感じたりしたことを誰かと交換するためにあるんじゃないだろうか。

そんな思いから「千葉国際芸術祭2025(以下、ちばげい)」の運営に関わるメンバーが立ち上げた「ちくわ部(ちばしで/くわだて/わになって話す部)」。いま考えたいキーワードを上げ、さまざまな人と対話する時間を3回シリーズで行うと聞いて出かけました。

会場は、2014年に閉店した老舗の割烹店「うなぎの安田」をちばげい活動拠点の一つとして再生した「アーツうなぎ」。ちくわ部立ち上げメンバーの一人、ちばげい広報担当・中田一会さんは「ちくわ部の活動を当初は“企てる”としたのですが、目的を決めてそこに向かうと、その枠から外れない面白くないものができてしまいがちなので、企てる手前でよく話して考えをこねる場としたい」とちょっと補足。職業や学校、世代や性別など様々なバックグラウンドを持つ人々が集まりました。

(写真右から)ゲストでありアーティストの藤浩志さん、「ちくわ部」企画運営に係る千葉国際芸術祭2025広報コミュニケーションディレクターの中田一会さん。

千葉市にやってきた芸術祭…人が出会う“口実”にできないか?

ゲストの藤浩志さんは国内外でプロジェクト型の美術表現を行うアーティスト。秋田公立美術大学教授、NPO法人 アーツセンターあきた理事長でもあります。

2013年「十和田市奥入瀬芸術祭」アーティスティック・ディレクター、2014〜16年に十和田市現代美術館館長を務めた経験もあり、市民と関わる機会も多いことから、2024年2月28日に千葉市美術館で開催されたシンポジウム「なぜ千葉市に芸術祭が必要なのか」にゲストとして登壇していました。当時はまだちばげいに関わっておらず、いち市民として千葉市に住んでいた中田さんは、「芸術祭は、人口減少などの課題に対し地域活性化を担うものが多い。すでに様々なコンテンツがある千葉市という郊外都市で、どんな芸術祭を開くのだろう」と話を聞きに出かけたそうです。

現在、ちばげいは総合ディレクターを務める中村政人さんとアート専門会社「コマンドA」を中心に、千葉市にゆかりのあるクリエイティブな領域に関わる人たち(地域リーダーズ)が集結し、運営されています。

もともと文化・デザイン・福祉領域のコミュニケーション活動を軸とし、広報PR業務も行う中田さんは、藤さんがゲストとして登壇したシンポジウムの後、総合ディレクターから誘われ、ちばげいの運営業務に参加することに。ちばげいの広報業務に奔走しつつ、自分の生活圏に入ってきた芸術祭を“口実”に、さまざまな人と話す機会をつくりたかったと言います。

「芸術祭をやるよりも、人を育てましょう」と秋田市で提案

一方、藤さんは、かつて芸術祭開催を公約に掲げていた前・秋田市長に、別の提言をして現在の活動に至っています。「秋田市が誰とやるのかプレイヤーが見えない芸術祭よりも、2013年に設立する秋田公立美術大学を軸に、アートマネジメントができる人材を育てる拠点を作りましょう」と。すなわち一過性に終わるかもしれない芸術祭より、継続的に人を育てましょうという提案をしたそうです。

プランが採択され、大学の社会連携を担う学外法人として2018年に「NPO法人アーツセンターあきた」を設立。2021年からは、旧秋田県立美術館を新たな文化施設として活用した「秋田市文化創造館」の指定管理者となりました。谷口吉生建築の図書館の横に、新しい音楽シアター大型ホール、向かい側に安藤忠雄設計の新しい秋田県立美術館が開館。その横には秋田市立千秋美術館。「過去の文化・芸術はすでに豊かなのだから、未来の人たちのための芸術未満、何にも属さない表現活動ができる場所を作りましょうと。有象無象、よくわからないことに興味を持って人々が集まってくるような場所」を目指したそうです。

フレームの中の本体より、その周りで起こる余計なことが面白い

ちくわ部のように、「フレームの中の本体より、その周りで起こる余計なことが面白い」と言う藤さん。「誰にも頼まれていないことをやるのがアートの仕事。余計なことをしたがる人たちがゆるゆると広がっていくと面白いことが起こり、地域が変わる。いかにそれを束縛せず排除しないかが重要なんです」。

中田さんは「常識を否定する“非常識”ではなく、超えていく“超常識”ということですね? それによって社会が更新されていくような」と重ねました。頷きながら藤さんは、アーツセンターあきたでの中学生向けプログラムを紹介。「目的地はなく、集まった中学生たちでどこへ行こうか決めるところから始まる」という、楽しそうな情景が頭に浮かぶ内容でした。「僕がやろうとしているのは、まだ何も文化になっていない、美術活動にもなってないもの。何でもないような人たちが何かやりたいと思い、エネルギーが集まることで新しいことが始まっていくような状況がどうできるかなんです」。

鴨川に鯉のぼりを流して大騒動! 藤さんの衝撃的なデビュー作

そんな藤さんのアート観はどのように生まれたのか。ルーツを紐解いていきます。奄美大島出身で、子供の頃から大島紬を見て育った藤さんは、染織を学ぶために京都市立芸術大学に入学。

しかし大学で演劇にはまり、鈴木忠志率いる劇団「SCOT」が仕掛けた富山県の利賀村で国際演劇祭「利賀フェスティバル」に参加。磯崎新が設計した合掌造りの民家を活かした稽古のための舞台「利賀山房」と野外舞台でパフォーマンスに出会います。また、青年海外協力隊に入りパプアニューギニアで伝承的な技術、人類学・社会学に出会った後、東京の都市計画事務所に勤めたことも。

しかし遡れば、京都市立芸術大学時代のデビュー作は人生を変えた大きな出来事でした。友禅染めの技術で制作した一体5メートルの鯉のぼりを13匹鴨川に流して撤去されたのです。

モニターに表示されている「鴨川泳ぐコイのぼり/府土木は拾得物で撤去/見物人 夢のあるいたずら」という新聞記事は、藤さんの作品から生まれた“騒動”が扱われたもの

ルールから外れた表現に対し、守ってくれ、抗議してくれる人がいた

「当時学長だった梅原猛さんから、三条河原は歌舞伎発祥の地だと聞いたことがあり、三条の鴨川で作品発表をしたいと思って。企画書を書いて許可を取りに行ったんですが、交番に行ったら役所に行けと。後で京都府の土木局に行けばよかったとわかったのですが、市役所でたらい回しにされて、結局許可の取り方がわからないまま帰ったんですね。

仕方ないのでゲリラ発表をすることにしました。当日は朝4時からワイヤーを三条大橋の橋桁に引っ掛けて、鯉のぼりを設置する大変な作業でした。河川管理法障害物として作品が撤去されたことは、後から新聞とテレビの全国ニュースで知りました」。

その後、怒られる覚悟で土木局の呼び出しに応じたものの、逆に謝られたという藤さん。

「京都市立芸術大学は日本で一番古く、そして市の観光課の下にある大学です。つまり京都市の学生が作った新しい活動であり、芸術作品を京都府は無断で撤去したと、学長が教授会を招集して府に抗議しようということになっていた。

そんな大人な話が僕の知らないところであり、ありがたいことに始末書だけで済みました。このとき初めて、街の中のものにはすべて管理者がいて、条例に則って物事が動いていることを知りました。その上でルールから逸脱した表現に対して守ってくれ、抗議してくれる人がいたということが今の活動につながっています」。

アーティストとしてプロジェクト型の表現に取り組んできた藤さんは、「プロジェクトを運営するマネジメント人材が重要」だといいます

常識を超える創造が社会を変える。アートは「前例のなさ」に向き合える人を育てる

藤さんは現在、千葉駅近くのセンシティタワー南アトリウムで33年後の地域社会や地球環境について考えるプロジェクト「33年後のかえる」を展開しています。廃棄物であるプラスチック素材を用いたインスタレーションを展示。関連イベントとして、子どもたちが不要になったおもちゃを交換する「ちからのかえっこ」を千葉市内数カ所で開催。これまでの活動で集まったプラスチック素材を用いて「かえるの池」を制作・展示しました。

「33年で一つの世代が入れ替わる」というコンセプトは、「娘が生まれた33年前、1992年はインターネットやスマートフォンなどデジタル文化が開花する前。さらにその33年前、私が生まれた1960年はプラスチック製品や電化製品、自動車が普及し始め、大気汚染や海洋汚染が始まった。今の子どもたちが活動を担う33年後、2058年の未来は、どのような地域社会になっているだろうか」という思いから。
都市、商品、エネルギーなどが流通した後の廃棄物がどのような循環システムに還元されていくのか、廃棄物の未来や可能性を模索しています。

千葉国際芸術祭2025展示作品 藤浩志《33年後のかえる》

中田さんが大学1年生、18歳の時に初めて行った芸術祭が「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」で、藤さんのかえっこの現場が最初に見た作品だったそう。「とても面白いな、でもどこからどこまでが作品なんだろうという謎もまた印象に残った」と言います。

「かえっこ」は藤さんが最初にインストールするだけで、全国各地で手を挙げた団体によって運営される、いわばシステムが主体の作品です。「僕のアートプロジェクトは、一つの技術表現として、活動の場づくり、しくみづくり、空間づくりを行っている。最近は、見えないシステムを見える化するためにデモンストレーションとして《33年後のかえる》のようなインスタレーション作品を合わせてつくっているとも言っています」。

ちばげいではプレ会期からそごう千葉店や花見川団地を舞台に「かえっこ」を複数回開催。おもちゃを交換するイベントは毎回大盛況

藤さんは今、学生に向けて、大学の研究室の扉に「ギリギリアウトを目指せ」と貼り紙をしているそう。「常識よりもそれを超えることが重要ですね。超えている状態とは、ありえない状態なのに存在しているということ。それがアートであって、面白い人とは常識にとらわれずにいろんなことをチャレンジして失敗する人ですね。秋田市も千葉市も生き抜くためにはいろんな問題意識や知恵が必要で、アーティストの百の失敗の中にもヒントがある」。前例のないことしか社会を変革していかないのだから、前例がないことに対して向き合う人材を育てることが重要だと語りました。


「私」から「創造」と「常識」を考える対話の時間

ここから、3グループに分かれてダイアローグ(対話の時間)が始まりました。

「個人の中に安心があった時に初めて創造性が生まれる。ディスカッションやディベートではないので、結論を出したり、誰かを論破したりすることを目的としていません」と中田さん。

「“社会は”“世界は”といった見聞きしたものでいう大きな主語ではなくて、“私は”で話す」「発言者の話を途中で遮らず最後まで聞く」など簡単なルールを説明しました。誰かが話している時に話したいことができたときには、サインとして人差し指を立てるとのこと。「私にとって創造ってなんだろう」「常識を超える」について話し合った後、順に発表しました。

参加者は3グループにわかれてそれぞれ考えたこと、思ったことを話し合いました

Aグループは、人差し指の出し方で盛り上がっていました。「常識を超えるとはどういうことかを話し合いました。不思議な縁が重なってこの芸術祭が面白くなっていく感じがします」と期待を寄せます。

Bグループは、「常識を超える創造」とは、普通では出会わないことにアクシデント的に出会ってしまう「事故」のようなものだと。「市庁舎の作品(高嶺格《脱皮的彫刻》)で、市長などが身体の型を取られて彫刻として展示させられている中に、私の職場の長もいます。これをきっかけに新たな“事故”が生まれてくれたらいいなと思っています(笑)」。脱皮的彫刻は、芸術祭実行委員会に所属している団体の長たちを中心にウエットスーツを着用し、石膏で固められて脱皮するという型破りな作品です。

Cグループは、「常識とまともの違い」を話すところから始まりました。「大学生は上からと外からの圧力を感じている。多数派の認識が常識になっていると。あるいは自分自身の親からの圧力を感じながら大きくなってしまい、自由を求めるアーティストになったという人もいました。ですが集団で何かするときには常識は必要なもの。現に私たちは夜中の3時じゃなく常識的な時間帯に集まっています」。

発表した方は、最近持ち歩いているという音楽家ブライアン・イーノの本を紹介してくれました。「この本には、アートは余計なこと、しなくてもいいことだと、藤さんと同じことが書かれています。私たちは食べなくていけないというときにしゃぶしゃぶを食べる必要はない。髪の毛が伸びて切ったりまとめたりしなきゃいけないときにモヒカンにする必要はない。その必要でないところが、別の見方からすれば逸脱や強烈な個性に見えたりする」。図らずもイーノが同じことを言っているという裏打ちで説得力を増しました。

藤さんの話は多岐にわたりましたが、常に「アートとは何か」「それにはどんな環境や人が必要か」と問いかけているようでした。そんなアーティストに刺激を受けて、何かをしたいという人々がこの芸術祭から生まれれば、それこそが尊いと思いました。


執筆:白坂由里
撮影:ただ(ゆかい)

このレポート・コラムのプロジェクト

ちくわ部

市場町・亥鼻 エリア
※「ちくわ部」は集中展示・発表期間中に3回イベントを開催します(9/27、11/6、11/24予定)。イベント以外の展示等は開催していませんので、ご注意ください。 9月27日 ちくわ部 ちばげい対話の時間#01 11月6日 ちくわ部 ちばげい対話の時間#02 11月24日 ちくわ部ちばげい対話の時間#03 「ちくわ部」は、千葉市にゆかりのある人々が、芸術祭を“口実”に出会い、対話を通じてつながること・自分たちの暮らしを考えることを目的とした対話型ワークショップイベント。名称には、「千葉市で」「企て(くわだて)」「輪になって話す」という意味を込めた。 本シリーズでは、文化芸術やまちのことに関心のある方はもちろん、「芸術祭」が自分の生活から遠く感じられる方にもひらかれ、所属や肩書にとらわれず多様な市民が集える場を目指す。外部ゲストの話をきっかけにしながら、参加者同士が身近な話題や社会的なテーマについて語り合い、それぞれの暮らしの楽しさや心地よさを、共に考える機会とする。 また、対話のプロセスを通じて、千葉市内で芸術祭を共につくる仲間を育み、地域にゆるやかなつながりを育てていく。 【市民参加のかたち】ワークショップ参加
さらに詳しく

「ちくわ部」の他のレポート・コラム

「参加」とは? 「関係」とは? 国立アートリサーチセンター・稲庭彩和子さん、千葉市美術館・磯野愛さんと考えてみた(ちくわ部#03レポート)

ちくわ部
2025年11月24日、「ちくわ部」プロジェクトによるイベント「ちばげい対話の時間 #03」を開催しました。 ゲストは、国立アートリサーチセンター主任研究員・稲庭彩和子さんと千葉市美術館広報担当・磯野愛さん。市民参加型アートプロジェクトに中間支援や運営の立場から関わるお二人をお迎え、来場者とともに〈「参加」ってなんだろう? よりよい「関係」づくりには何が必要?〉というテーマで最終回を実施しました。 当日の様子を、アートライター・白坂由里さんにレポートしていただきます。 「参加」ってなんだろう? よりよい「関係」づくりには何が必要? 生活圏で行われている芸術祭を“口実”に、悩みやモヤモヤも含めて語り合ってきた「ちくわ部」。 第3回のテーマは「市民参加型アートプロジェクト」の祭典として、37のプロジェクトを展開してきた千葉国際芸術祭2025(以下、「ちばげい」)において特徴的な「参加」と「関係」。 ちばげいのプレ会期から実施してきた西尾美也さんのプロジェクト「まちばのまちばり」もその一つで、ワークショップを重ね、まちから集めた服を素材に市民が参加し、ユニークな服を作る環境をつくってきました。この日はちばげいの最終日でしたが、会場では作品譲渡会が行われ、ゲストの二人とも一点ものの洋服を身につけて登壇しました。 ちばげいのアートプロジェクト《まちばのまちばり》の展示《まちまちいちば》で開催された作品譲渡会。プロジェクトから生まれた作品を来場者一人につき一点だけ持ち帰れた。 ちくわ部ゲストの稲庭さん(写真左)と、ちくわ部企画者の中田さん(写真右)で作品を試着してみた様子。テーマに沿って生まれた二人一組で着る作品。 どうしたら「美術館」のハードルを下げられるだろう? まずアートの場に足を運んでもらう活動について千葉市美術館の広報担当・磯野愛さんにお話をお聞きします。 今年開館 30周年を迎えた千葉市美術館は1995年11月3日に開館。「近世から近代の日本の絵画・版画」「1945年以降の現代美術」「千葉市を中心とした房総ゆかりの作家・作品」の三つの柱でコレクションを形成し、コレクション展や企画展を開催してきました。現在は「千葉」をテーマに、明治から千葉市美術館が開館する現代までのアートシーンをたどる展覧会「千葉美術散歩」を開催しています(2026年1月8日まで)。 磯野さんは「今日お集まりの皆さんは情報を得て自分の好きな展覧会や美術館に行けるプロだと思います。でも世の中全体でみると、美術館に行ったことのない人が多数派なんですよね。美術ファン以外の人たちは美術館にどういうイメージを持っているんだろう、どうやってリーチすればいいのだろう」と、日々考えていることを話し始めました。「難しそう、ちょっと料金高いよねというハードルがあり、展覧会を見ないと美術館に入れないと思っている人も多いと思います」。 〈キャプション〉千葉市美術館の広報担当・磯野愛さん。帽子は、ちばげい《まちばのまちばり》プロジェクトから生まれた作品 「参加」には「知っている」と「利用しよう」が必要 しかし、2020年7月のリニューアルで、4階に「つくりかけラボ(以下、つくラボ)」と図書室「びじゅつライブラリー(以下、びブラリ)」、5階にワークショップルーム「みんなでつくるスタジオ」という無料スペースができました。つくラボでは、「五感で楽しむ」「素材に触れる」「コミュニケーションがはじまる」の3つをテーマに、アーティストが滞在制作し、来場者がワークショップなどに参加してつくったものがどんどん反映されていきます。 「通常の展覧会は開幕時に完成されている状態がほとんどですが、つくラボではゴールを設定せず、いつ行っても何かがちょっと変化している。アーティストからの問いかけに来場者が応えたり、来場者同士がその場で一緒につくったり。その痕跡を見ることで、他の人の存在や考えを知ることができる。これって千葉国際芸術祭のコンセプトと近いのではないでしょうか」。 千葉市美術館 つくりかけラボ08堀由樹子|えのぐの森(2022年度開催)[写真提供:千葉市美術館] また、旧銀行建築を活かした1階のさや堂ホールでは、地域の人に美術館の存在を知ってもらうため、季節ごとにほぼ無料のイベントがあります。アートクラフト市や陶芸市、コンサート、お正月には獅子舞。今年の夏休みには漫画家・芸術家の西島大介さんが制作した美術館オリジナルゲーム「さいばぁぱんく:千葉市美術館」と併せて、館内のQRコードを探して電子スタンプを集めるNFTデジタルスタンプラリーが行われました。 千葉市美術館1階「さや堂ホール」で開催された陶器市の様子[写真提供:千葉市美術館] あるアンケートでは、展覧会目的では意外と県外からが多く、イベント目的では市内・県内からが圧倒的に多いという結果が出たそう。「展覧会には県外からの方、イベントは地域の方が来てくださっている印象があります」と磯野さん。いずれにしても、まず美術館や展覧会・イベントの存在を知っていて、なおかつそれを利用しようという意思が必要。この二つが合わさらないと参加には至りません。 「参加に至るには素通りしない力、自分ごとにする考えがあるかどうか、なのかもしれないと思います。あの展覧会、あのイベントは自分のやっていることに近いし、考える糧になりそうとか。あるいは何かに踏み込むきっかけになるとか」。 美術館がサードプレイスになる決め手は「安心感」 2020年のリニューアル以降、千葉市美術館がサードプレイスになる可能性も見えてきました。「展覧会場以外に、びブラリやつくラボのように主体性を持って参加できるフリースペースをつくることで、自分の家、自分のスペースから地続きに考えてもらうきっかけになるんじゃないか。では、美術館は家のように安心できる場所になっているかなと。子ども用トイレ、多目的トイレはあるか。授乳室、託児室の機能があるか。多言語化などアクセシビリティは充分か。美術館スタッフに親しみを持てるかなど、基礎から考えていかないとサードプレイスとして信頼されないんじゃないかと思っています」。 今日のテーマの「参加する」と「関係」については「時間がかかること」とし、「一回参加しただけでも関係性は生まれますが、関係づくりとなれば、継続して一緒にやっていくことだと思う。美術館がずっと同じ場所にあることも一つの継続性で、一回限りのイベントでも定期的に繰り返すことで継続的に参加してもらうことができる。その関係づくりに必要なのが広報で、地域の人と来場者と美術館をつなげるコミュニケーションが仕事なんですね」。 多くの人がSNSで情報を得る昨今、一回でも来てほしいけれど、バズは本当に必要なのかと考えてしまうと問いかけます。「長期的・継続的に考えると、教育普及や美術館を支える人たちを育てることが美術館のあり方なのではないか。ワークショップや市内の学校と連携した鑑賞教育でも、幼少期に体験していれば大人になってから思い出してまた行くことにつながるかもしれないですし、そのような種まきも大切にしたいです」。 「ちばしびオープンミュージアム」もその一つ。美術関係の仕事ってどんなことをするのか、現場の人に声を聞く機会もなかなかない。多忙な高校生にも自分ごとと思ってもらえそうな「進路」に関係ある、美術にまつわる仕事を紹介するイベントを行っています。また、夏休みには子どもたちが、勉強やちょっとしたワークショップができる朝活イベントも行っているそう。 展覧会だけじゃない美術館の使い方をいろいろと教えてもらい、松戸市民である筆者は、日頃から「ちょっと美術館に寄れる」千葉市民を羨ましく思いました。 アートや文化は、健康やウェルビーイングと関係している 続いて稲庭彩和子さんのお話をお聞きします。稲庭さんは神奈川県立近代美術館と東京都美術館で学芸員として活動し、現在は2023年に新設された国立アートリサーチセンターで主任研究員をしています。 国立アートリサーチセンターは、東京や大阪、京都、金沢など7か所にある国立美術館の、法人本部内にあり、国立美術館各館を中心に、国内外の美術館や研究機関をはじめ、社会のさまざまな人々をつなぎ「アートをつなげる、深める、拡げる」をミッションに活動をしています。稲庭さんが所属するラーニングのグループは、美術館の作品やコンテンツを「学びのリソース」として捉え、教員と学芸員が学び合う研修や教材の開発、またアートに関わる「健康とウェルビーイング」「アクセシビリティ」にも取り組んでいます。 独立行政法人国立美術館 国立アートリサーチセンター主任研究員・稲庭彩和子さん。着用しているデニムのベストは、ちばげい《まちばのまちばり》プロジェクトから生まれた作品。 「国立アートリサーチセンターの『アートをつなげる、深める、拡げる』というミッションも“参加”と“関係”に関わっています。例えば、私の担当している事業でいえば、文化活動やアート体験への参加度とその人の健康や幸福度とは相関性があるという研究が、この約10年で非常に注目されてきています。2017年にはイギリスの超党派の議員連が調査した200ページの『クリエイティブ・ヘルス 健康とウェルビーイングに寄与する芸術活動』という調査レポートが出て、アートリサーチセンターでその短い概要版を翻訳し、公開しました。社会に参加できている、アートや文化活動にアクセスできる人の方が幸福感を得られる可能性が高い、健康で寿命が長いということがわかってきています」。 『クリエイティブ・ヘルス:健康とウェルビーイングに寄与する芸術活動』を紹介。要約版日本語訳版はこちらから。 アートを扱う場所にとって、“参加”や“関係”が今最もホットなテーマ アートや文化が人々の健康を守るためにも必要ならば、誰もがそこに居られる、参加できるアクセシビリティをつくらなければいけないのではないか。議論の広がりとともに2022年には、ICOM(博物館に関する世界最大の国際的な非政府組織)でミュージアムの定義が新しくなりました。併せて同じ年に日本の博物館法も変わっています。 ”ミュージアムは有形及び無形の遺産を研究、収集、保存、解釈、展示する、社会のための非営利の常設機関である。博物館は一般に公開され、誰もが利用でき、包摂的であって、多様性と持続可能性を育む。倫理的かつ専門性を持ってコミュニケーションを図り、コミュニティの参加とともに博物館は活動し、教育、愉しみ、省察と知識共有のための様々な経験を提供する”(出典:ICOM日本委員会による日本語確定訳文) 20世紀型のミュージアムはこのテキストの頭にある「収集、保存、解釈、展示する機関」でしたが、21世紀型のミュージアムには、さまざまな経験、つまり参加を提供する場所という定義が加わったのです。 稲庭さんは、世界の人口推移表を見せながら「ミュージアムは20 世紀の大きな人口増の中で開発されつづけてきたシステムなんですね。たくさん増えた人間の中で、文化やアートを通じて互いの存在を共有し、つながりをつくる場所として、ミュージアムが活きている」とし、「ミュージアムやアートを扱う場所にとって、“参加”や“関係”が今最もホットなテーマ」だと語りました。 「例えば、高齢者、小さな子どもや、障害のある方がミュージアムに行きにくく、文化的活動に参加しにくい状況があるならば、合理的な配慮がどのように必要なのかミュージアム側が学べるハンドブックをつくる。イギリスではすでに公的医療制度の中で、体調が悪ければ薬だけでなく、代わりに社会への参加して楽しむ機会をつくるSocial Prescribing (社会的処方)が処方され、ミュージアムがその参加の場のひとつになっていますが、日本ではどのようにあり得るのか。国立アートリサーチセンターでは、東京藝術大学や全国の自治体などと連携しながら『文化的処方』の活動を広げています」。 「参加」とは、自分の中で何かが起きてしまった状態 ところで稲庭さんは東京都美術館時代、アート・コミュニケータと共にアートを介してコミュニティを育むソーシャルデザインプロジェクト「とびらプロジェクト」を担当していました。 従来の美術館ボランティアとは異なり、美術館と市民がフラットな状態で人と作品、人と人、人と場所をつなぐ活動を育むプロジェクトです。「毎年約40人のアート・コミュニケータが参加し、3年の任期で120名の方が美術館で活動していました。例えば聴覚障害者の方と作品を見るにはどんなことが必要か、児童養護施設や経済的困難、海外にルーツを持つ、不登校など美術館に来ることが困難な子どもたちの参加をどうつくるか、いろいろな外部団体と試行錯誤し、この美術館の存在に気づいてもらい、その人たちにとって一つの選択肢になるということを知っていただくような活動をしてきました」。 美術館の参加型のプログラムのほとんどの活動に当てはまる三原則は「モノをじっくり観察する」「発見や気づきを誰かとわかち合う」「オープンエンドな問い(答えが一つでない問い)」。また、参加や関係性をつくるポイントとして、「身体的・心理的に安全でウェルビーイングな場」「知識を持つ者から持たない者への伝播〈欠如モデル〉ではなく、双方向対話を通じて知の交換や共創を目指す〈文脈モデル〉へ」「当事者性の重要性(参加者が自分で手綱を握っているという状態の感覚)」が挙げられました。 「参加」とは自分の外側に向けて「何かをすること」というより、「自分の中で何かが起きてしまった状態のこと」ではないかと稲庭さんは言います。たとえば、作品を見ながら何かを思い出したり、今日は来て良かったと思ったり、誰かに作品のことを話したくなったり。稲庭さんにとって「そんな風に誰かが作品の前で没入していて、何かがきっと起きているんだろうなと思う状態を背後から見るのが幸せな時間」なのだそう。 アートは、衝突を回避しながら「違い」を持ち寄れる装置になる さらにプレゼンテーションの最後では、「バウンダリーオブジェクト」という考え方を共有し、「アートは、違う人同士でも一緒にいられることを可能にするメディアとして注目されている」と語りました。「人と人が境界を越えて交わることを促すものが作品で、異なる背景・立場・経験を持つ人々が、それぞれの意味のまま関われる。同じ作品を見て見え方・感じ方・解釈はそれぞれ違うけれど、共有している時間と対象は確かに同じ。この“同じ/違う”が両立する状態は他の社会状況では生まれにくいけれど、衝突を回避しながら違いを持ち寄れる装置となるのがアートなんじゃないかということですね」。 プロジェクトを行う、参加する、参加できない、それぞれの視点を包括する関係づくり 最後に、4、5人でグループをつくり、思ったことなどを自由に話し合い、どんな話が出たかを全員でシェアしました。Aグループは「“参加”と“関係”が駆け算として結びつくことで、新しい出会いやより良いものが生まれたり、セーフティネットになったりするのではないか。参加の選択肢を増やすことも重要」と提案。Bグループでは、デンマークの杖の話が出たり、留学生の方や、話すのが苦手な方がみんなとどんなふうに話し、コミュニケーションを取っていくのがいいんだろうといったことを話したり、ゆっくりと聞き合う時間となっていました。 Cグループは「イベントに出かけてもアウェイな気分でオドオドしちゃうことも多い。参加する空間を用意しても、その人が参加する気持ちにならないとうまく働かない。自分がプロジェクトを行うことがあったら、そういう人もいることを忘れないようにしたい」と発表し、Dグループも「芸術を学んでいるので、プロジェクトをやる側と参加する側の視点、さらに参加できない側の視点を持ち、いろんな人を包摂できるような仕組みを、参加を迎える側が実現できればより良い関係づくりにつながるかなと思う」と重ねて話しました。 また、Eグループは 「こういう場に来て、身の回りにいながら見ていなかった人々のことを知ることも必要なんじゃないか。最近外国人の方が日本をたくさん訪れ、住んでもいる中で、例えばうなずく行為が必ずしもイエスではないとか、知っているだけで壊れない関係づくりもあるのではないか」と問いかけました。 それらの発表を聞いて磯野さんは「美術館もいろいろな人たちのきっかけになる場所にするにはどうすればいいのか考え続けていきたい」、稲庭さんも「すべて参加型の芸術祭ということが新しいし、このテーマをみんなで考え続けられる場があると、3年後の次回につながるのではないか」と感想を述べました。 最後にちばげい広報コミュニケーションディレクターで当日の進行を務めていた中田さんも「ここにはいない人のことを想像するためにここに集まるということをこれからもやりたい」と、みんなで3年後の芸術祭がいい形になるように願って閉会しました。 誰もが参加しやすいアクセシビリティへの取り組みはもちろん、「アートに関係ある場所なら安心して参加できる」と思えるような状態をつくることが、少しの違いだけでその場に居づらくなるような今の社会でますます重要だと実感しました。 実際に勇気を出して謎のちくわ部に来てみた方が数名いて、嬉しいと同時にちくわ部も続くといいなと勝手ながら思います。おでんの主役ではないちくわぶもいつもそこにあってほしい美味しさがあるように。 執筆:白坂由里撮影:ただ(ゆかい)
ちくわ部

「市民」とは? 「活動」とは? アーツカウンシル東京・佐藤李青さん、アートマネージャー・岩中可南子さんと考えてみた(ちくわ部#02レポート)

ちくわ部
2025年11月6日、「ちくわ部」プロジェクトによるイベント「ちばげい対話の時間 #02」を開催しました。 ゲストは、アーツカウンシル東京・佐藤李青さん、アートマネージャー/編集者・岩中可南子さん。市民参加型アートプロジェクトに中間支援や運営の立場から関わるお二人をお迎え、来場者とともに〈「市民」ってなんだろう? 暮らしに「活動」はなぜ必要?〉について考えました。 当日の様子を、アートライター・白坂由里さんにレポートしていただきます。 「市民」ってなんだろう? 暮らしに「活動」はなぜ必要? 芸術祭を“口実”にさまざまな人と話したい。そんな思いから「千葉国際芸術祭2025(以下、ちばげい)」の運営に関わる地域リーダーズを中心としたメンバーが立ち上げた「ちくわ部(ちばしで/くわだて/わになってはなす部)」。ゲストの話をうかがい、参加者同士で話し合う全3回の対話イベント、その第2回「ちばげい対話の時間 ♯02」が開かれました。 ちばげいでは「“観光型”ではない“参加型”の芸術祭」を掲げています。英語では“Unlocking Potential Empowering People”と翻訳されています。そこでファシリテーターを務めるちくわ部のメンバー・中田一会さんからこんな問いかけがありました。 「確かに市民ひとり一人がこんなことをしてみたい、こんな関わり方があったのかと思えたら素晴らしい。けれど多くの市民は毎日の生活に忙しく、それ以上のことに関わりづらいのも実情です。“仕事”でも“家事”でもなく、“趣味”や“勉強”とも違う、市民参加型アートプロジェクトに関わる意義とはなんだと思いますか?」。 そこで今回は〈「市民」ってなんだろう? 暮らしに「活動」はなぜ必要?』〉というテーマで、それぞれの人にとっての「市民」「活動」について考えていきます。 ちばげいにおける市民参加型アートプロジェクトの一つ、加藤翼《Rift in Repetition》。団地のフィールドワークをベースに団地の間取りを再現した大きな構造物を制作し、団地住民らとともに引き興し、引き倒したプロジェクト。[撮影:ただ(ゆかい)] こちらもちばげいのプロジェクト。チェン・ジエ(リビルド・ラボ)《街に巡る優しさ》。直径5メートルの円形の黒板に誰かを励ます言葉を書く。会期中どんどん増えていった。[撮影:ただ(ゆかい)] アートは、自分なりのサイズで社会をつくる“術(すべ)”になる まずゲストの佐藤李青さん(アーツカウンシル 東京 プログラムオフィサー)と岩中可南子さん(アートマネージャー、編集者)にお話を聞きました。普段から参加型アートプロジェクトにおいて、佐藤さんは中間支援の仕事をしており、岩中さんは現場でマネジメントの仕事をしています。 佐藤さんは地域の文化事業を実践する「東京アートポイント計画」と「東京都・区市町村連携事業」などを担当。他には東日本大地震以降「Art Support Tohoku-Tokyo」(東京都による芸術文化を活用した被災地支援事業)の立ち上げから終了まで尽力されました。 佐藤李青さん(アーツカウンシル 東京 プログラムオフィサー) 今回の開催趣旨の中で「市民」とは、地域社会を構成し、その「自治」に主体的に関わる人、「アートプロジェクト」は仕事、家事、趣味、勉強と「違う」活動、とされています。 公的機関に身を置く佐藤さんは、市民とどう関わるか、文化を日常と地続きにどう作っていくかを試行錯誤する中で、「アートは、自分なりのサイズで社会をつくる“術(すべ)”になると考えています。アートと社会、社会にアートをどう接続させるかという言い方がよくされますが、私自身は、社会の内にアートがある、むしろアートは社会をつくる術の一つだと思っています」と語り始めました。 「仕事、家事、趣味、勉強と違うものが〈活動〉とされていますが、一人の人にも仕事の顔、家庭の顔などいろいろな顔があり、生活から地続きで何かしようとするとむしろ重なり合い、混ざってくるのではないか。子どもがいれば趣味の活動に子どもと行く、その時は親の顔であり、趣味として関わる顔でもある。アートは、そうした複数の顔をもつ“一人ひとり”と出会うことや、その “わたし”と“わたし”が出会うことで“わたしたち”という関係性を地域の中でつくっていくもの。これがちばげいで言う“自治”に関わってくるのだろうと思います」。 出会わなかった、出会うことのない他者を想像し続ける 一方、最近は「そこで出会わなかった誰かのことを想像するきっかけになるのではないか」と考えているとも。「何かの活動を通じて、誰かと出会うことは、わたしの中に他者の生き方が入ってくることだと思います。こう考える人がいる、ああいう生活を送る人がいる、と。そうすると、どこかでここにいる人だけじゃないよね、と考えるようになる。それがアートの活動では大事なんじゃないか」と。 佐藤さんがそうしたアートと自治、参加について考えるようになったのは、1999年「ミュージアム・シティ・プロジェクト」に参加したオーストリアの「ヴォッヘンクラウズール」の「アートによる提案と実践」を知ったのがきっかけなのだそう。ヴォッヘンクラウズールは、地域に入り、現地にいるメンバーと組んでリサーチし、課題を見つけて議論し、解決につながる仕組みをつくり、現地に残すという活動を行うアーティスト集団。 この時は、日本の学校教育を課題として、実践的な授業を取り入れるため、例えば新聞記者と新聞記事を作る授業をするなど、地域の人を講師にする授業の仕組みとそれを運営する組織を提案しました。偶然にも、ちくわ部第1回ゲストの藤浩志さんは当時の日本側メンバーの一人。ヴォッヘンクラウズールによってこういうアートのあり方があるんだと多くの人が触発されたものでした。 すぐの成果にはつながらなくても「飛び火効果」はある? また、実際、アートプロジェクトにはどういう成果があるのかにも触れました。社会学者・吉澤弥生さんの「飛び火効果」という言葉を挙げ、それは「プロジェクトに参加した人が、その体験を日常生活に生かす方法や、その人がのちに別のプロジェクトに参加したり自身で何かを企画するといった出来事の連なり」であると紹介しました。「回を重ねることや、そこにいる人たちで物事を決める余白を設けることなど、そうした時間をかけることで育まれる効果は自治にとって重要ではないか」と佐藤さん。 文化事業としての実施期間が終了し、作家が去った後も市民たちで継続するという実例もあります。しかし、佐藤さんはアーティストの深澤孝史さんの言葉を紹介し、「関わった人が作品を継続させるために動くことが主体性ではなく、自分だったらどういう動きをするかを考え始めることが本当の主体性ではないでしょうか」と語りました。 佐藤さんは「アートプロジェクトは社会の“内”で展開するもの。事業を口実に、社会的な属性を横に置いて個人同士が出会う。新たな関係性が生まれ、それは独自の活動に機能し始める。育まれた成果は仕掛けた側には見えないところに広がり、あの人、あそこで何か始めたらしいよ、と伝え聞くようなものになっていく。そうして社会の自治を作り出すコミュニティ(土壌)が耕されていく」としながらも「それだけでいいのだろうか」と問いを重ねます。 「市民」の「活動」は、自分以外のものと出会うために大切なのではないか 問いのきっかけは、文化活動家・アサダワタルさんと2016年から実施したプロジェクト「ラジオ下神白」でした。福島県いわき市の復興公営住宅「下神白(しもかじろ)団地」の住民にまちの思い出と曲を尋ね、ラジオ風に編集したCDを制作・配布する被災地支援活動。その過程を撮影した映画監督・アーティストの小森はるかさんによってドキュメンタリー映画にもなり、全国で上映されてきました。 「ラジオ下神白の活動では、下神白団地に住まう方々の声に触れることができます。声とは不思議なメディアで、地域が異なる、出会ったことがない人でも、声を通して、その人と出会っているような気がします。いまは亡くなった方もいらっしゃいますが、その意味では“時間”をも超えるプロジェクトになりました」。 そこから今日の問いに対して「“市民”とは、自分のことを自分でできる活動的な人ばかりではない。個人として、わたしとわたしが目の前で出会うだけでもない。そうできない人がいること、自分とは異なる境遇、地域、社会、ひいては世界を想像し続けることが、自治や社会を考える際に重要なんじゃないか。そして “活動”は、自分以外のものと出会うために大切なのではないか」という現時点での答えを返しました。 活動に主体的に関われない人もまた「市民」である 続いて岩中さんの発表です。岩中さんは、パフォーミングアーツや演劇、アートの運営に関わるマネージメントを行っています。福祉をたずねるクリエイティブマガジン『こここ』(マガジンハウス)の編集者として、ちくわ部の企画者でありこここ編集長でもある中田さんの仕事仲間でもあります。 岩中さんの関心は「日常、生活の中から生まれる表現、いろいろな背景を持った人々と協働して表現活動を行うこと」にあり、ダンサーやアーティストと専門家ではない人々とが表現活動するような場に関わることが多いと言います。 岩中可南子さん(アートマネージャー/編集者) まず「市民」について。「私自身は、市民であると自覚する場面もあまりないのに、行政が規定する“市民”を押し付けられているような違和感を感じます」と岩中さん。一方で、「企画書や報告書を書く際には、専門性を問わず誰もが参加できるということを伝えたくて自分でも“市民参加型”という言葉を使ってしまうことがある」と、モヤモヤする思いを語りました。 自身が企画運営に関わった市民参加型プロジェクトで障害のある人が参加し、ルールを守れなかったり、他の参加者とのコミュニケーションがうまくいかなかったりした際に、別の参加者が、親御さんに注意してほしいと促すことがあったそう。葛藤のあった過去の苦い経験を例に挙げ、多様な人が参加する場づくりの難しさに触れつつ、「“市民”といったときに良識や秩序を守る人といった想定される市民像があるのではないか。そのとき見えなくなっている人がいないか」と言う岩中さん。 「主体的に自治に関わる人が市民である、というちばげいの捉え方はすごくいいなと思います。同時に、主体的に関われない人、家から出られない人などその場に参加できない人もまた市民であるということは忘れないようにしたいなと思っています」。 外から見えにくい福祉施設の日常をひらく「上町マーチ」 一例として、岩中さんが2023年から福祉施設「上町(かみまち)工房」(東京都世田谷区)の利用者、職員と展開しているプロジェクト「上町マーチ」について紹介しました。アーティスト・はながっつさんが制作した『上町ガッツ音頭』をはながっつさんと歌い踊りながら、障害のある利用者さんも含めて施設の隣の緑道や近隣を練り歩く。誰でも参加できるプロジェクトです。 初年度は緑道だけでしたが、翌年は「がっつもどき」というパフォーマーや音楽家も参加して隣の駅まで出かけ、3年目は近隣の保育園でも交流しました。また、2年目は施設の外壁やお店に作品を展示、3年目はポスターを作成して区内の店舗やギャラリーに掲示しました。さらに上町マーチの活動や地域情報を伝えるフリーペーパー『上町マーチ通信』を、近隣の福祉施設「ハーモニー」と協力して発行し、ポスティングもしています。 「上町マーチは、『わたしたちはここにいる』という表明でもあり、外から見えにくい施設の日常をひらくきっかけとして行われてきました。練り歩きの参加者は、帰りの会にも参加して施設の日常を体験します。パフォーマンスを見た人が声をかけてくれたり、子ども達が親を連れて施設に買い物に来てくれたり、新しい出会いをつくる起点になっています」と岩中さん。 関係が終わるのがもったいないから「活動」をつくった 上町工房とは「TURN」(東京2020オリンピック・パラリンピックの文化プログラムを先導する東京都のリーディングプロジェクト)の中で、岩中さんが所属するNPO法人「Art’s Embrace」が運営したアートプロジェクトの一つとして出会いました。 2021年の「TURN」終了後、関係性を終わらせるのはもったいないとして、2023年から社会福祉法人せたがや樫の木会、「Art’s Embrace」の有志の共催で「上町マーチプロジェクト」を始動。 「公益財団法人 東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京〈芸術文化による社会支援助成〉」「公益信託 世田谷まちづくりファンド」の助成金を受けて活動してきました。助成金は今年区切りを迎えましたが、11月には東京・下北沢のBONUS TRACKで練り歩きを行うなど、無理せず楽しみながら続けていくと話しました。 上町マーチは、岩中さんと仲間たちが自発的に新たな「活動」を生み出し、アートプロジェクトを通して能動的にあらたな社会づくりに関わっている事例でもあります。 市民活動と参加型アートは何が違うのか? その後、参加者4、5人でグループを作り、「市民」「活動」について、それぞれが思うことを話し合い、発表しました。アートに関わっている人、市民活動や福祉に関わっている人など立場もさまざま、住んでいる地域も千葉市に留まらず広範でした。 Aグループは「コミュニティの外側の話になり、境界を越えるのではなく揺さぶるくらいでいいんじゃないか」、Bグループは「活動というものは主体性を伴う。市民に主体性を持ってもらいたいけど、でも持ってもらうべきなのか? 活動を必要としない人もいるのでは」という話。 Cグループでは「市外に住んだ経験の有無と地域に誇りを持てるかどうかには関わりがある」、Dグループでは「仕事ばかりにならないよう精神的なバランスを取るために活動は必要」という意見が出ました。Eグループでは「そもそも参加型アートと市民活動は何が違うのか」という話題になったと言い、中田さんは「市民活動の方が目的や主体が強いのではないかと、あえて『市民』と『活動』を分けた」と答えていました。 それを受けて「新しい活動をつくるだけではなく、ちょっかいを出すことで、すでにある関係性を変えていくようなこともある。上町マーチでは、活動で開かなくても施設は動いている。でも、アート側からアプローチすることで余計なことがやりやすくなったのではないか」と言う佐藤さん。 岩中さんも頷きながら「施設を開くと言っても、いろいろな人が関わると時間も手間もかかるし、迷惑がられることもあるんですけど、やっていく中で面白さが生まれてくる。市民活動は目的があってやりたい人が集まってできるものだと思いますが、アート活動にはうっかり巻き込まれたり、意図しない出会いがあったり、主体性がなくても後から付いてきたり、いろいろな関わり方があるものだと思います」と答えました。 活動の枠組みや目的に合う市民が集められるのではなく、この場にいない市民のことを思ったときに新たな活動が生まれたり、活動自体が変わっていくような発想の転換と期待感を感じる回でした。 執筆:白坂由里撮影:杉山亜希子(ゆかい)
ちくわ部

ラウンドテーブル「ちくわ部、はじめます」レポート

ちくわ部
2024年10月26日に千葉国際芸術祭2025プレ企画の一つ「ラウンドテーブル02」を実施しました。今回のラウンドテーブルは、記念すべき「ちくわ部」発足の場でもあります。 ちくわ部とは、「ちばしで/くわだて/わになって話す」部のこと。所属や肩書にかかわらず、千葉市にゆかりのある人が芸術祭を“口実”に出会ったり、話し合ったりするための対話型のワークショップイベントです。 第1回ということで、参加者がどれくらい集まるのか、楽しんでもらえるのか、準備をしてきた地域リーダーズ(*)も当日までドキドキしていました…! 参加してくれたみなさんは実に多様なバックグラウンドをお持ちの方々で、千葉市との関係性もさまざま。長年千葉市で暮らしている方、最近引っ越してきたばかりの方、仕事で通っている方、昔千葉に住んでいた方などなど…。これはいろんな目線で面白いお話ができそう!という期待が膨らみます◎ 今回のちくわ部では、地域リーダーズの「地域開発チーム」「広報チーム」「クリエイティブチーム」がそれぞれ用意したテーマごとのグループに分かれ、ディスカッションを行いました。 各チームのディスカッションテーマはこちら! ■地域開発チーム「どんな場所を芸術祭の会場にしたら面白い?」 ■広報チーム「千葉市外の人に千葉市に来てもらうには?」 ■クリエイティブチーム「『ち』のロゴマークを覚えてもらうには?」 ディスカッションと言っても、決して堅苦しいものではなく、「話しているうちにテーマ以外の話題になってもOK!」というゆるっとしたおしゃべりの場になるよう心がけています。話を振られたら必ず発言しなくてはいけないという強制もないので、みなさんのびのびとお話をされていました。 「ショッピングモールの立体駐車場を活用したらいいのでは?」 「千葉市の自虐ネタで外から人を呼び込んでみるのもあり?」 「芸術祭のロゴマークもチーバくんに並ぶ存在をめざそう!」 など、それぞれのチーム内で面白い意見やアイデアが続々と上がっていましたね。 ちくわ部の冒頭と、ディスカッション後の発表タイムについては千葉国際芸術祭2025のYoutubeにアーカイブ動画がありますので、ぜひそちらで当日の様子を見ていただければと思います。 *Youtubeはこちらのリンクからどうぞ! これからも一緒に千葉市のこと、芸術祭のこと、あれやこれやをざっくばらんに話しましょう!それはまた次回のちくわ部をどうぞお楽しみに◎ 最後になりましたが、第1回ちくわ部にご参加いただいたみなさん、ありがとうございました! *地域リーダーズ…「千葉国際芸術祭2025」の企画運営に関わる千葉市在住メンバーのこと。 *ちくわ部の今後の開催情報は決まり次第、千葉国際芸術祭2025のWebサイトにてお知らせいたします。  撮影:ただ(ゆかい)
ちくわ部