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引き倒し/興し:Pull and Raise/Topple

アーティスト
加藤 翼

本プロジェクトは、千葉に点在する住宅団地を対象に、その歴史的背景や現在の住民の暮らしをフィールドワークによって丹念に読み解きながら進めているものである。調査を重ねるなかで明らかになってきたのは、住宅団地という空間が、常に「労働」と「集合」というふたつのキーワードと密接に結びついてきたという事実である。

高度経済成長期の約60年前、かつて海であった湾岸エリアは大規模な埋立工事によって工業地帯へと変貌し、その隣接地には住宅団地が建設された。各地から労働者が移り住み、形成された新たなコミュニティでは、出身地ごとの祭り文化が持ち寄られ、団地独自の祭礼として毎年継承されてきたという。こうした祭りの風景は、寄せ集めのようでありながらも、住民たちがこの新しい場所に根を下ろそうとする集合の記録でもあった。

しかしながら、当時から団地に暮らしてきた人々は今や後期高齢者となり、なかにはコロナ禍を機に外出が困難となった人も少なくない。一方で、かつての労働力が引退するのと入れ替わるように、現在では多くの外国人が団地に暮らし、周辺の工業団地で働いている。日本語学校に通いながらアルバイトをする学生や、大学の留学生もその一部を構成しているが、多くは日々の大半を勤務先で過ごす労働者である。

こうした住民構成の変化により、現在の団地では、およそ40%を高齢者が、15%を外国人住民が占めている。この比率は、日本が向かいつつある未来の一端を映し出す社会の縮図と捉えることもできるだろう。

本プロジェクトでは、団地に暮らす外国人労働者と、長年そこに暮らしてきた高齢者、それぞれにインタビューを行い、その言葉や身体の記憶を手がかりに構築物を設計・制作する。そして完成した構造体を団地内の広場に設置し、住民たちとともにその構造物を「引き倒し/興し(Pull and Raise/Topple)」するパフォーマンスを実施する予定である。生活リズムや言語の違い、物理的な距離によって分断されがちな人々が、ひとつの行為を共有することで生まれる一時的な共在の場。それこそが、団地という集合体が新たなかたちで再構築される瞬間になると考えている。

【市民参加のかたち】リサーチ対象/制作参加/パフォーマンス参加/展示鑑賞

スケジュール

・2025年6月 住宅団地や周辺環境の構成メンバー(自治会、UR都市機構、委員会や協議会、大学、日本語学校、サークル・クラブなど)へのプロジェクト参加の交渉
・2025年7月 住民へのインタビューと構造体の設計
・2025年8月 団地の広場で構造物を制作
・2025年8月末 パフォーマンス実施
・2025年9月〜11月 展示

このプロジェクトの拠点

加藤 翼

パフォーマンス、構造物、映像を軸に、他者との協働やグループによる共同実践を通じて活動を展開している。代表作《Pull and Raise/Topple》シリーズでは、巨大な構造物を大勢の力で動かす行為を通じて、社会的な緊張や協力のダイナミクスを可視化する。 震災後の福島、アメリカ・スタンディングロック居留地、マレーシアの無国籍コミュニティなど、複雑な歴史や政治的背景をもつ土地においてプロジェクトを実施。また、韓国と日本の間にある無人島でのパフォーマンスなどを通じ、地政学的な境界、移動、帰属といったテーマに取り組んでいる。 2017年にシアトルで始動した《Songs While Bound》シリーズ(互いに縛られたミュージシャンたちによる国歌の演奏)や、パンデミック下の香港での《Superstring Secrets》(無数の秘密が書かれた紙をシュレッダーにかけ、その紙紐で巨大な縄を編む)など、音楽や言語を媒介に国家、記憶、監視といった主題に接近し、個人と社会との関係を問い直している。 東京オペラシティ アートギャラリーでの個展をはじめ、ウォーターミル・センター(ニューヨーク)、ハンブルガー・バーンホフ現代美術館(ベルリン)、あいちトリエンナーレ2019(愛知)、ジュ・ド・ポーム国立美術館(パリ)などで、協働やアイデンティティの再構築を促すインスタレーションを国際的に発表している。
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