ちくわ部
「創造」と「常識」について、アーティスト・藤浩志さんと考えてみた(ちくわ部#01レポート)
2025.11.18
2025年9月27日、「ちくわ部」プロジェクトによるイベント「ちばげい対話の時間 #01」を開催しました。
ゲストは、千葉国際芸術祭2025参加アーティストの藤浩志さん。〈「創造」って何だろう?「常識」を超えるアートはなぜ必要?〉というテーマで実施された当日の様子を、アートライター・白坂由里さんにレポートしていただきます。

ちくわ部=ちばしで/くわだて/わになって話す部
芸術祭とは、アート作品をただ受け止めるだけじゃなくて、芸術を前に考えたり感じたりしたことを誰かと交換するためにあるんじゃないだろうか。
そんな思いから「千葉国際芸術祭2025(以下、ちばげい)」の運営に関わるメンバーが立ち上げた「ちくわ部(ちばしで/くわだて/わになって話す部)」。いま考えたいキーワードを上げ、さまざまな人と対話する時間を3回シリーズで行うと聞いて出かけました。
会場は、2014年に閉店した老舗の割烹店「うなぎの安田」をちばげい活動拠点の一つとして再生した「アーツうなぎ」。ちくわ部立ち上げメンバーの一人、ちばげい広報担当・中田一会さんは「ちくわ部の活動を当初は“企てる”としたのですが、目的を決めてそこに向かうと、その枠から外れない面白くないものができてしまいがちなので、企てる手前でよく話して考えをこねる場としたい」とちょっと補足。職業や学校、世代や性別など様々なバックグラウンドを持つ人々が集まりました。

千葉市にやってきた芸術祭…人が出会う“口実”にできないか?
ゲストの藤浩志さんは国内外でプロジェクト型の美術表現を行うアーティスト。秋田公立美術大学教授、NPO法人 アーツセンターあきた理事長でもあります。
2013年「十和田市奥入瀬芸術祭」アーティスティック・ディレクター、2014〜16年に十和田市現代美術館館長を務めた経験もあり、市民と関わる機会も多いことから、2024年2月28日に千葉市美術館で開催されたシンポジウム「なぜ千葉市に芸術祭が必要なのか」にゲストとして登壇していました。当時はまだちばげいに関わっておらず、いち市民として千葉市に住んでいた中田さんは、「芸術祭は、人口減少などの課題に対し地域活性化を担うものが多い。すでに様々なコンテンツがある千葉市という郊外都市で、どんな芸術祭を開くのだろう」と話を聞きに出かけたそうです。
現在、ちばげいは総合ディレクターを務める中村政人さんとアート専門会社「コマンドA」を中心に、千葉市にゆかりのあるクリエイティブな領域に関わる人たち(地域リーダーズ)が集結し、運営されています。
もともと文化・デザイン・福祉領域のコミュニケーション活動を軸とし、広報PR業務も行う中田さんは、藤さんがゲストとして登壇したシンポジウムの後、総合ディレクターから誘われ、ちばげいの運営業務に参加することに。ちばげいの広報業務に奔走しつつ、自分の生活圏に入ってきた芸術祭を“口実”に、さまざまな人と話す機会をつくりたかったと言います。

「芸術祭をやるよりも、人を育てましょう」と秋田市で提案
一方、藤さんは、かつて芸術祭開催を公約に掲げていた前・秋田市長に、別の提言をして現在の活動に至っています。「秋田市が誰とやるのかプレイヤーが見えない芸術祭よりも、2013年に設立する秋田公立美術大学を軸に、アートマネジメントができる人材を育てる拠点を作りましょう」と。すなわち一過性に終わるかもしれない芸術祭より、継続的に人を育てましょうという提案をしたそうです。
プランが採択され、大学の社会連携を担う学外法人として2018年に「NPO法人アーツセンターあきた」を設立。2021年からは、旧秋田県立美術館を新たな文化施設として活用した「秋田市文化創造館」の指定管理者となりました。谷口吉生建築の図書館の横に、新しい音楽シアター大型ホール、向かい側に安藤忠雄設計の新しい秋田県立美術館が開館。その横には秋田市立千秋美術館。「過去の文化・芸術はすでに豊かなのだから、未来の人たちのための芸術未満、何にも属さない表現活動ができる場所を作りましょうと。有象無象、よくわからないことに興味を持って人々が集まってくるような場所」を目指したそうです。
フレームの中の本体より、その周りで起こる余計なことが面白い
ちくわ部のように、「フレームの中の本体より、その周りで起こる余計なことが面白い」と言う藤さん。「誰にも頼まれていないことをやるのがアートの仕事。余計なことをしたがる人たちがゆるゆると広がっていくと面白いことが起こり、地域が変わる。いかにそれを束縛せず排除しないかが重要なんです」。
中田さんは「常識を否定する“非常識”ではなく、超えていく“超常識”ということですね? それによって社会が更新されていくような」と重ねました。頷きながら藤さんは、アーツセンターあきたでの中学生向けプログラムを紹介。「目的地はなく、集まった中学生たちでどこへ行こうか決めるところから始まる」という、楽しそうな情景が頭に浮かぶ内容でした。「僕がやろうとしているのは、まだ何も文化になっていない、美術活動にもなってないもの。何でもないような人たちが何かやりたいと思い、エネルギーが集まることで新しいことが始まっていくような状況がどうできるかなんです」。

鴨川に鯉のぼりを流して大騒動! 藤さんの衝撃的なデビュー作
そんな藤さんのアート観はどのように生まれたのか。ルーツを紐解いていきます。奄美大島出身で、子供の頃から大島紬を見て育った藤さんは、染織を学ぶために京都市立芸術大学に入学。
しかし大学で演劇にはまり、鈴木忠志率いる劇団「SCOT」が仕掛けた富山県の利賀村で国際演劇祭「利賀フェスティバル」に参加。磯崎新が設計した合掌造りの民家を活かした稽古のための舞台「利賀山房」と野外舞台でパフォーマンスに出会います。また、青年海外協力隊に入りパプアニューギニアで伝承的な技術、人類学・社会学に出会った後、東京の都市計画事務所に勤めたことも。
しかし遡れば、京都市立芸術大学時代のデビュー作は人生を変えた大きな出来事でした。友禅染めの技術で制作した一体5メートルの鯉のぼりを13匹鴨川に流して撤去されたのです。

ルールから外れた表現に対し、守ってくれ、抗議してくれる人がいた
「当時学長だった梅原猛さんから、三条河原は歌舞伎発祥の地だと聞いたことがあり、三条の鴨川で作品発表をしたいと思って。企画書を書いて許可を取りに行ったんですが、交番に行ったら役所に行けと。後で京都府の土木局に行けばよかったとわかったのですが、市役所でたらい回しにされて、結局許可の取り方がわからないまま帰ったんですね。
仕方ないのでゲリラ発表をすることにしました。当日は朝4時からワイヤーを三条大橋の橋桁に引っ掛けて、鯉のぼりを設置する大変な作業でした。河川管理法障害物として作品が撤去されたことは、後から新聞とテレビの全国ニュースで知りました」。
その後、怒られる覚悟で土木局の呼び出しに応じたものの、逆に謝られたという藤さん。
「京都市立芸術大学は日本で一番古く、そして市の観光課の下にある大学です。つまり京都市の学生が作った新しい活動であり、芸術作品を京都府は無断で撤去したと、学長が教授会を招集して府に抗議しようということになっていた。
そんな大人な話が僕の知らないところであり、ありがたいことに始末書だけで済みました。このとき初めて、街の中のものにはすべて管理者がいて、条例に則って物事が動いていることを知りました。その上でルールから逸脱した表現に対して守ってくれ、抗議してくれる人がいたということが今の活動につながっています」。

常識を超える創造が社会を変える。アートは「前例のなさ」に向き合える人を育てる
藤さんは現在、千葉駅近くのセンシティタワー南アトリウムで33年後の地域社会や地球環境について考えるプロジェクト「33年後のかえる」を展開しています。廃棄物であるプラスチック素材を用いたインスタレーションを展示。関連イベントとして、子どもたちが不要になったおもちゃを交換する「ちからのかえっこ」を千葉市内数カ所で開催。これまでの活動で集まったプラスチック素材を用いて「かえるの池」を制作・展示しました。
「33年で一つの世代が入れ替わる」というコンセプトは、「娘が生まれた33年前、1992年はインターネットやスマートフォンなどデジタル文化が開花する前。さらにその33年前、私が生まれた1960年はプラスチック製品や電化製品、自動車が普及し始め、大気汚染や海洋汚染が始まった。今の子どもたちが活動を担う33年後、2058年の未来は、どのような地域社会になっているだろうか」という思いから。 都市、商品、エネルギーなどが流通した後の廃棄物がどのような循環システムに還元されていくのか、廃棄物の未来や可能性を模索しています。

中田さんが大学1年生、18歳の時に初めて行った芸術祭が「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」で、藤さんのかえっこの現場が最初に見た作品だったそう。「とても面白いな、でもどこからどこまでが作品なんだろうという謎もまた印象に残った」と言います。
「かえっこ」は藤さんが最初にインストールするだけで、全国各地で手を挙げた団体によって運営される、いわばシステムが主体の作品です。「僕のアートプロジェクトは、一つの技術表現として、活動の場づくり、しくみづくり、空間づくりを行っている。最近は、見えないシステムを見える化するためにデモンストレーションとして《33年後のかえる》のようなインスタレーション作品を合わせてつくっているとも言っています」。

藤さんは今、学生に向けて、大学の研究室の扉に「ギリギリアウトを目指せ」と貼り紙をしているそう。「常識よりもそれを超えることが重要ですね。超えている状態とは、ありえない状態なのに存在しているということ。それがアートであって、面白い人とは常識にとらわれずにいろんなことをチャレンジして失敗する人ですね。秋田市も千葉市も生き抜くためにはいろんな問題意識や知恵が必要で、アーティストの百の失敗の中にもヒントがある」。前例のないことしか社会を変革していかないのだから、前例がないことに対して向き合う人材を育てることが重要だと語りました。
「私」から「創造」と「常識」を考える対話の時間
ここから、3グループに分かれてダイアローグ(対話の時間)が始まりました。
「個人の中に安心があった時に初めて創造性が生まれる。ディスカッションやディベートではないので、結論を出したり、誰かを論破したりすることを目的としていません」と中田さん。
「“社会は”“世界は”といった見聞きしたものでいう大きな主語ではなくて、“私は”で話す」「発言者の話を途中で遮らず最後まで聞く」など簡単なルールを説明しました。誰かが話している時に話したいことができたときには、サインとして人差し指を立てるとのこと。「私にとって創造ってなんだろう」「常識を超える」について話し合った後、順に発表しました。

Aグループは、人差し指の出し方で盛り上がっていました。「常識を超えるとはどういうことかを話し合いました。不思議な縁が重なってこの芸術祭が面白くなっていく感じがします」と期待を寄せます。
Bグループは、「常識を超える創造」とは、普通では出会わないことにアクシデント的に出会ってしまう「事故」のようなものだと。「市庁舎の作品(高嶺格《脱皮的彫刻》)で、市長などが身体の型を取られて彫刻として展示させられている中に、私の職場の長もいます。これをきっかけに新たな“事故”が生まれてくれたらいいなと思っています(笑)」。脱皮的彫刻は、芸術祭実行委員会に所属している団体の長たちを中心にウエットスーツを着用し、石膏で固められて脱皮するという型破りな作品です。

Cグループは、「常識とまともの違い」を話すところから始まりました。「大学生は上からと外からの圧力を感じている。多数派の認識が常識になっていると。あるいは自分自身の親からの圧力を感じながら大きくなってしまい、自由を求めるアーティストになったという人もいました。ですが集団で何かするときには常識は必要なもの。現に私たちは夜中の3時じゃなく常識的な時間帯に集まっています」。
発表した方は、最近持ち歩いているという音楽家ブライアン・イーノの本を紹介してくれました。「この本には、アートは余計なこと、しなくてもいいことだと、藤さんと同じことが書かれています。私たちは食べなくていけないというときにしゃぶしゃぶを食べる必要はない。髪の毛が伸びて切ったりまとめたりしなきゃいけないときにモヒカンにする必要はない。その必要でないところが、別の見方からすれば逸脱や強烈な個性に見えたりする」。図らずもイーノが同じことを言っているという裏打ちで説得力を増しました。
藤さんの話は多岐にわたりましたが、常に「アートとは何か」「それにはどんな環境や人が必要か」と問いかけているようでした。そんなアーティストに刺激を受けて、何かをしたいという人々がこの芸術祭から生まれれば、それこそが尊いと思いました。

執筆:白坂由里
撮影:ただ(ゆかい)