ちくわ部
「市民」とは? 「活動」とは? アーツカウンシル東京・佐藤李青さん、アートマネージャー・岩中可南子さんと考えてみた(ちくわ部#02レポート)
2025.12.26
2025年11月6日、「ちくわ部」プロジェクトによるイベント「ちばげい対話の時間 #02」を開催しました。
ゲストは、アーツカウンシル東京・佐藤李青さん、アートマネージャー/編集者・岩中可南子さん。市民参加型アートプロジェクトに中間支援や運営の立場から関わるお二人をお迎え、来場者とともに〈「市民」ってなんだろう? 暮らしに「活動」はなぜ必要?〉について考えました。
当日の様子を、アートライター・白坂由里さんにレポートしていただきます。

「市民」ってなんだろう? 暮らしに「活動」はなぜ必要?
芸術祭を“口実”にさまざまな人と話したい。そんな思いから「千葉国際芸術祭2025(以下、ちばげい)」の運営に関わる地域リーダーズを中心としたメンバーが立ち上げた「ちくわ部(ちばしで/くわだて/わになってはなす部)」。ゲストの話をうかがい、参加者同士で話し合う全3回の対話イベント、その第2回「ちばげい対話の時間 ♯02」が開かれました。

ちばげいでは「“観光型”ではない“参加型”の芸術祭」を掲げています。英語では“Unlocking Potential Empowering People”と翻訳されています。そこでファシリテーターを務めるちくわ部のメンバー・中田一会さんからこんな問いかけがありました。
「確かに市民ひとり一人がこんなことをしてみたい、こんな関わり方があったのかと思えたら素晴らしい。けれど多くの市民は毎日の生活に忙しく、それ以上のことに関わりづらいのも実情です。“仕事”でも“家事”でもなく、“趣味”や“勉強”とも違う、市民参加型アートプロジェクトに関わる意義とはなんだと思いますか?」。
そこで今回は〈「市民」ってなんだろう? 暮らしに「活動」はなぜ必要?』〉というテーマで、それぞれの人にとっての「市民」「活動」について考えていきます。


アートは、自分なりのサイズで社会をつくる“術(すべ)”になる
まずゲストの佐藤李青さん(アーツカウンシル 東京 プログラムオフィサー)と岩中可南子さん(アートマネージャー、編集者)にお話を聞きました。普段から参加型アートプロジェクトにおいて、佐藤さんは中間支援の仕事をしており、岩中さんは現場でマネジメントの仕事をしています。
佐藤さんは地域の文化事業を実践する「東京アートポイント計画」と「東京都・区市町村連携事業」などを担当。他には東日本大地震以降「Art Support Tohoku-Tokyo」(東京都による芸術文化を活用した被災地支援事業)の立ち上げから終了まで尽力されました。

今回の開催趣旨の中で「市民」とは、地域社会を構成し、その「自治」に主体的に関わる人、「アートプロジェクト」は仕事、家事、趣味、勉強と「違う」活動、とされています。
公的機関に身を置く佐藤さんは、市民とどう関わるか、文化を日常と地続きにどう作っていくかを試行錯誤する中で、「アートは、自分なりのサイズで社会をつくる“術(すべ)”になると考えています。アートと社会、社会にアートをどう接続させるかという言い方がよくされますが、私自身は、社会の内にアートがある、むしろアートは社会をつくる術の一つだと思っています」と語り始めました。
「仕事、家事、趣味、勉強と違うものが〈活動〉とされていますが、一人の人にも仕事の顔、家庭の顔などいろいろな顔があり、生活から地続きで何かしようとするとむしろ重なり合い、混ざってくるのではないか。子どもがいれば趣味の活動に子どもと行く、その時は親の顔であり、趣味として関わる顔でもある。アートは、そうした複数の顔をもつ“一人ひとり”と出会うことや、その “わたし”と“わたし”が出会うことで“わたしたち”という関係性を地域の中でつくっていくもの。これがちばげいで言う“自治”に関わってくるのだろうと思います」。

出会わなかった、出会うことのない他者を想像し続ける
一方、最近は「そこで出会わなかった誰かのことを想像するきっかけになるのではないか」と考えているとも。「何かの活動を通じて、誰かと出会うことは、わたしの中に他者の生き方が入ってくることだと思います。こう考える人がいる、ああいう生活を送る人がいる、と。そうすると、どこかでここにいる人だけじゃないよね、と考えるようになる。それがアートの活動では大事なんじゃないか」と。
佐藤さんがそうしたアートと自治、参加について考えるようになったのは、1999年「ミュージアム・シティ・プロジェクト」に参加したオーストリアの「ヴォッヘンクラウズール」の「アートによる提案と実践」を知ったのがきっかけなのだそう。ヴォッヘンクラウズールは、地域に入り、現地にいるメンバーと組んでリサーチし、課題を見つけて議論し、解決につながる仕組みをつくり、現地に残すという活動を行うアーティスト集団。
この時は、日本の学校教育を課題として、実践的な授業を取り入れるため、例えば新聞記者と新聞記事を作る授業をするなど、地域の人を講師にする授業の仕組みとそれを運営する組織を提案しました。偶然にも、ちくわ部第1回ゲストの藤浩志さんは当時の日本側メンバーの一人。ヴォッヘンクラウズールによってこういうアートのあり方があるんだと多くの人が触発されたものでした。

すぐの成果にはつながらなくても「飛び火効果」はある?
また、実際、アートプロジェクトにはどういう成果があるのかにも触れました。社会学者・吉澤弥生さんの「飛び火効果」という言葉を挙げ、それは「プロジェクトに参加した人が、その体験を日常生活に生かす方法や、その人がのちに別のプロジェクトに参加したり自身で何かを企画するといった出来事の連なり」であると紹介しました。「回を重ねることや、そこにいる人たちで物事を決める余白を設けることなど、そうした時間をかけることで育まれる効果は自治にとって重要ではないか」と佐藤さん。
文化事業としての実施期間が終了し、作家が去った後も市民たちで継続するという実例もあります。しかし、佐藤さんはアーティストの深澤孝史さんの言葉を紹介し、「関わった人が作品を継続させるために動くことが主体性ではなく、自分だったらどういう動きをするかを考え始めることが本当の主体性ではないでしょうか」と語りました。
佐藤さんは「アートプロジェクトは社会の“内”で展開するもの。事業を口実に、社会的な属性を横に置いて個人同士が出会う。新たな関係性が生まれ、それは独自の活動に機能し始める。育まれた成果は仕掛けた側には見えないところに広がり、あの人、あそこで何か始めたらしいよ、と伝え聞くようなものになっていく。そうして社会の自治を作り出すコミュニティ(土壌)が耕されていく」としながらも「それだけでいいのだろうか」と問いを重ねます。

「市民」の「活動」は、自分以外のものと出会うために大切なのではないか
問いのきっかけは、文化活動家・アサダワタルさんと2016年から実施したプロジェクト「ラジオ下神白」でした。福島県いわき市の復興公営住宅「下神白(しもかじろ)団地」の住民にまちの思い出と曲を尋ね、ラジオ風に編集したCDを制作・配布する被災地支援活動。その過程を撮影した映画監督・アーティストの小森はるかさんによってドキュメンタリー映画にもなり、全国で上映されてきました。
「ラジオ下神白の活動では、下神白団地に住まう方々の声に触れることができます。声とは不思議なメディアで、地域が異なる、出会ったことがない人でも、声を通して、その人と出会っているような気がします。いまは亡くなった方もいらっしゃいますが、その意味では“時間”をも超えるプロジェクトになりました」。
そこから今日の問いに対して「“市民”とは、自分のことを自分でできる活動的な人ばかりではない。個人として、わたしとわたしが目の前で出会うだけでもない。そうできない人がいること、自分とは異なる境遇、地域、社会、ひいては世界を想像し続けることが、自治や社会を考える際に重要なんじゃないか。そして “活動”は、自分以外のものと出会うために大切なのではないか」という現時点での答えを返しました。

活動に主体的に関われない人もまた「市民」である
続いて岩中さんの発表です。岩中さんは、パフォーミングアーツや演劇、アートの運営に関わるマネージメントを行っています。福祉をたずねるクリエイティブマガジン『こここ』(マガジンハウス)の編集者として、ちくわ部の企画者でありこここ編集長でもある中田さんの仕事仲間でもあります。
岩中さんの関心は「日常、生活の中から生まれる表現、いろいろな背景を持った人々と協働して表現活動を行うこと」にあり、ダンサーやアーティストと専門家ではない人々とが表現活動するような場に関わることが多いと言います。

まず「市民」について。「私自身は、市民であると自覚する場面もあまりないのに、行政が規定する“市民”を押し付けられているような違和感を感じます」と岩中さん。一方で、「企画書や報告書を書く際には、専門性を問わず誰もが参加できるということを伝えたくて自分でも“市民参加型”という言葉を使ってしまうことがある」と、モヤモヤする思いを語りました。
自身が企画運営に関わった市民参加型プロジェクトで障害のある人が参加し、ルールを守れなかったり、他の参加者とのコミュニケーションがうまくいかなかったりした際に、別の参加者が、親御さんに注意してほしいと促すことがあったそう。葛藤のあった過去の苦い経験を例に挙げ、多様な人が参加する場づくりの難しさに触れつつ、「“市民”といったときに良識や秩序を守る人といった想定される市民像があるのではないか。そのとき見えなくなっている人がいないか」と言う岩中さん。
「主体的に自治に関わる人が市民である、というちばげいの捉え方はすごくいいなと思います。同時に、主体的に関われない人、家から出られない人などその場に参加できない人もまた市民であるということは忘れないようにしたいなと思っています」。

外から見えにくい福祉施設の日常をひらく「上町マーチ」
一例として、岩中さんが2023年から福祉施設「上町(かみまち)工房」(東京都世田谷区)の利用者、職員と展開しているプロジェクト「上町マーチ」について紹介しました。アーティスト・はながっつさんが制作した『上町ガッツ音頭』をはながっつさんと歌い踊りながら、障害のある利用者さんも含めて施設の隣の緑道や近隣を練り歩く。誰でも参加できるプロジェクトです。
初年度は緑道だけでしたが、翌年は「がっつもどき」というパフォーマーや音楽家も参加して隣の駅まで出かけ、3年目は近隣の保育園でも交流しました。また、2年目は施設の外壁やお店に作品を展示、3年目はポスターを作成して区内の店舗やギャラリーに掲示しました。さらに上町マーチの活動や地域情報を伝えるフリーペーパー『上町マーチ通信』を、近隣の福祉施設「ハーモニー」と協力して発行し、ポスティングもしています。
「上町マーチは、『わたしたちはここにいる』という表明でもあり、外から見えにくい施設の日常をひらくきっかけとして行われてきました。練り歩きの参加者は、帰りの会にも参加して施設の日常を体験します。パフォーマンスを見た人が声をかけてくれたり、子ども達が親を連れて施設に買い物に来てくれたり、新しい出会いをつくる起点になっています」と岩中さん。

関係が終わるのがもったいないから「活動」をつくった
上町工房とは「TURN」(東京2020オリンピック・パラリンピックの文化プログラムを先導する東京都のリーディングプロジェクト)の中で、岩中さんが所属するNPO法人「Art’s Embrace」が運営したアートプロジェクトの一つとして出会いました。
2021年の「TURN」終了後、関係性を終わらせるのはもったいないとして、2023年から社会福祉法人せたがや樫の木会、「Art’s Embrace」の有志の共催で「上町マーチプロジェクト」を始動。
「公益財団法人 東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京〈芸術文化による社会支援助成〉」「公益信託 世田谷まちづくりファンド」の助成金を受けて活動してきました。助成金は今年区切りを迎えましたが、11月には東京・下北沢のBONUS TRACKで練り歩きを行うなど、無理せず楽しみながら続けていくと話しました。
上町マーチは、岩中さんと仲間たちが自発的に新たな「活動」を生み出し、アートプロジェクトを通して能動的にあらたな社会づくりに関わっている事例でもあります。

市民活動と参加型アートは何が違うのか?
その後、参加者4、5人でグループを作り、「市民」「活動」について、それぞれが思うことを話し合い、発表しました。アートに関わっている人、市民活動や福祉に関わっている人など立場もさまざま、住んでいる地域も千葉市に留まらず広範でした。

Aグループは「コミュニティの外側の話になり、境界を越えるのではなく揺さぶるくらいでいいんじゃないか」、Bグループは「活動というものは主体性を伴う。市民に主体性を持ってもらいたいけど、でも持ってもらうべきなのか? 活動を必要としない人もいるのでは」という話。

Cグループでは「市外に住んだ経験の有無と地域に誇りを持てるかどうかには関わりがある」、Dグループでは「仕事ばかりにならないよう精神的なバランスを取るために活動は必要」という意見が出ました。Eグループでは「そもそも参加型アートと市民活動は何が違うのか」という話題になったと言い、中田さんは「市民活動の方が目的や主体が強いのではないかと、あえて『市民』と『活動』を分けた」と答えていました。

それを受けて「新しい活動をつくるだけではなく、ちょっかいを出すことで、すでにある関係性を変えていくようなこともある。上町マーチでは、活動で開かなくても施設は動いている。でも、アート側からアプローチすることで余計なことがやりやすくなったのではないか」と言う佐藤さん。
岩中さんも頷きながら「施設を開くと言っても、いろいろな人が関わると時間も手間もかかるし、迷惑がられることもあるんですけど、やっていく中で面白さが生まれてくる。市民活動は目的があってやりたい人が集まってできるものだと思いますが、アート活動にはうっかり巻き込まれたり、意図しない出会いがあったり、主体性がなくても後から付いてきたり、いろいろな関わり方があるものだと思います」と答えました。

活動の枠組みや目的に合う市民が集められるのではなく、この場にいない市民のことを思ったときに新たな活動が生まれたり、活動自体が変わっていくような発想の転換と期待感を感じる回でした。


執筆:白坂由里
撮影:杉山亜希子(ゆかい)